昭和19年創業、旭川最古の醤油製造会社「日本醤油工業株式会社」を訪ねて

創業当時からの歴史ある建物で醤油の加工商品やドレッシング、たれなど、伝統を守りながら北海道の素材で様々な商品開発を行っている日本醤油工業(キッコーニホン)。旭川駅からほど近い場所にある社屋と工場にて、社長の浅利様、札幌営業所長の鈴木様にお話しを伺いました。
日本醤油工業外観

日本醤油工業(株)が行う商品開発

日本醤油工業浅利さん

——同社で開発に関わった商品は300商品を超え、今では年間に70〜80点の新商品を世に送り出しているという。商品開発の考え方、裏話などを伺いました。

浅利)
私が着任した当初はしょうゆ以外の家庭向け商品の種類は多くありませんでしたが、様々な時代の変化を受けて醤油の加工品、ドレッシング、たれなど、地域の皆さんと関わって商品を作っていくという方針を決めて商品開発を進めてきました。
醤油の使い方は時代と共に変化しています。以前は幅広い料理に使用されていましたが、現代ではつゆ、たれ、ドレッシング、様々なソース類など、他の商品に消費が分散しています。
食が豊かになり、多様性のある現代では醤油の汎用性が薄まって、「つけ」、「かけ」といった基本的な使い方に限定されてきたように感じます。

そういった時代の変化を受け、様々な味付けの醤油を提供する事で、より多くのお客様に嗜好品として醤油を楽しんでもらえるのでは、という考えが積極的に商品開発を行うきっかけとなりました。

ご家庭の冷蔵庫には、普通の醤油と刺身醤油くらいが一般的ですよね。もっと沢山の種類があっていいのではないか、というのが最初の思いです。 商売として考えた時にも、通常の醤油にこだわると価格競争になりやすいですから。

——古くからの伝統と新しい食文化との出会いを大切にして商品を送り出すという考え、素晴らしいと思いました。
商品を作るスピードについては何かコツがあるのでしょうか?

浅利)
開始当初は私の案をベースに作っていきました。そうしていると、お取引先様やご購入いただくお客様から沢山の要望やおもしろい案をいただくようになり、今ではお客様の発案で作った商品が開発商品の5割を超える割合となっています。
例えば、一次生産者の皆さんからも自分の商品で何か作ってみたいという相談が沢山あります。

醤油を応用するパターンはある程度限られますし、商品開発の土台が出来ているので、大きな変化がない限りはそこまで時間がかかりませんね。

——そうはいっても、いざ作るとなると、こだわりや自社の考えなどを入れるなど、すごく時間がかかってしまうイメージがあります。
すごいですね。

浅利)
作ればいいというものではないですけどね 笑
ただ、当社はキッコーマンのグループ会社ですので、企画、品質確認がしっかりしています。基準に満たない商品は作れないため、そういった制約で時間がかかってしまう、価格が高くなってしまうという事も一部ありますね。

熟達した経験を活かし積極的に商品開発を行う

日本醤油工業の商品

——開始当初から様々な問題を乗り越えてきていると思いますが、可能な範囲でお聞かせいただけますでしょうか?

浅利)
たしかに、上手くいかない事も沢山ありました。
まず、当時はスタッフの人数も少なく、もちろん商品開発の経験も乏しいため商品のパッケージデザインなどを含め一貫したブランディングが出来ていなかった事です。

——今のパッケージも味があって良いと思いますが、そう考えるとスードレはパッケージが統一されていますよね。何か進め方が変わったのでしょうか?
※スードレ
日常の野菜不足を補うという考えで作られた野菜が贅沢に入ったドレッシング。野菜に野菜をかけるというコンセプトで作られ、日本ソムリエ協会「調味料選手権2014 野菜を食べよう!サラダ部門」で優秀賞を受賞した人気商品。

日本醤油工業キッコーニホン

浅利)
これは、私がキッコーマン時代から関わっている方が札幌にいまして、その方にお願いして作ってもらいました。デザインはよかったのですが、実は失敗した点もありまして。

野菜を贅沢に入れ過ぎてしまったのです・・・
味重視でゴロゴロとした野菜を沢山入れた結果、ドレッシングがなかなか出てこないという問題が発生してしまいました。

改善を進めているのですが、耐熱性の瓶では良い形状のものがなく時間がかかってしまっていますね。

日本醤油工業 店直営店入り口のショーケース
——ちなみに、スードレなどを始め原料はどのようにお探しになっているのですか?

鈴木)
原料は基本的にいちから生産者を探して依頼しています。例えば、スードレかぼちゃに使用しているのは、糖度が非常に高い有機かぼちゃで有名なみよい農園さんのかぼちゃです。これは森町の農園に訪問して商談してきました。

浅利)
海も山もありまして地図を作れるくらい道内全域の原料を使っていますね。
網走湖のしじみを使ったしじみ醤油や炊き込みご飯、ドレッシングなどの調味料、厚岸牡蠣の煮汁だけを提供いただき、塩と混ぜて作る牡蠣塩、比布のねぎ、幕別のアスパラを使ったドレッシングなど、エリアの素材を沢山取り入れて商品化を行っています。

——実はみよい農園さんの有機かぼちゃは北海道くらし百貨店でも大人気なんです。同じかぼちゃを使っていると聞いて驚きました。
どうやって良い素材を見分けて商品開発に繋げるのですか?

浅利)
キッコーマン時代に長年「加工」の仕事をしていたので、原料を聞くとどうしたらおいしく出来るのかがイメージ出来るんです。
「加工」というのは、小売店や生産者が扱う野菜、魚、その他様々な食材に対して一番合う醤油を提案する仕事なので、そういった能力に長けていたんですね。

色と味の濃さは色番という色の色番で分けられていて、素材に合わせるために絶妙な調整を行う必要があります。魚でいうと、いかの沖漬けは濃口の醤油でなければ生臭みが取れません。
その事を理解して味は濃口をおすすめする。その上で色をもっと濃くしたい、薄くしたいといった場合には、色番を調整するといった具合です。

また、濃口醤油をレトルト商品に使用すると、レトルト臭という独特の臭いが発生してしまうため、レトルト商品用に改良したものをおすすめする等、食材、用途など応じて様々な加工方法があるので、そういった経験が日本醤油工業(株)での商品開発に活きています。
当たり前ですが、醤油に精通していなければ出来ない仕事ですね。

——味の濃さ、水の色に番号があるというのは初めて聞きました!不勉強で申し訳ありません。
※無色で60番、1に向かって濃くなるそう。醤油の製造、深いです。

平成20年の日本醤油工業(株)の代表に着任、時代の変化への対応

——着任されてからの一番大変だった事を教えてください。

浅利)
大変な事はもちろん沢山ありましたが、一番は時代の流れで対応を余儀なくされた点でしょうか。

まず、消費者の安心・安全に対する意識が高まった事で、今まで良しとしていた事を大きく見直す必要が出てきました。
元々お醤油はアトロン缶に詰めたものをご購入いただき、空になったら回収してまた詰めて、という販売方法でしたが、そういった事は改善点となったため、容器や製造工程を大きく変えるのは大変な労力でした・・・

次にフードディフェンスの徹底です。
工場内での危機管理方法について検討を余儀なくされ、設備投資や生産フローの見直しなどを実施しました。

あとは最初にお話した醤油の需要変化です。
現在、全国1200箇所に醤油醸造所がありますが、実際に稼働しているのは600件程と聞いています。
スーパーが台頭し、価格交渉力をいかした仕入れや販売を行う事で地域の醤油屋は廃業する事になってしまった。昔は味噌と醤油をセットで作っている店舗が沢山あったものですが、今はほぼないですよね。店先で樽などで売っていた頃が懐かしく思います。

※同社の製造量は年間2000kg。全国では80万kgが製造されており、ピーク時は120万kgほどあったそうです。
背景は家庭での消費量が減ったこと。
スーパー、コンビニ等の惣菜の発達で家庭での調理が少なくなり消費が激減しています。

日本醤油工業(株)の歴史について

日本醤油工業社史

——地元(旭川)のラーメン店の5割は御社の醤油使っていると伺いました。
旭川といえば醤油ラーメンが有名ですが、醤油作りにとって特別なメリットがある場所なのでしょうか?

浅利)
醤油は微生物が大豆を発酵させる事で作られますが、その微生物(麹菌)は高い湿度と温度30℃前後の環境を好みます。そう考えると旭川は決して良い条件とは言えないです。

私共は第二次世界大戦の末期に陸軍第七師団への醤油の供給を行うべく、政府の指導の元作られました。
元々は日本清酒の旭川工場だったのですが、昭和19年、北海道が海上封鎖され、本州からの移入が出来なくなった時のことを考え、国策として酒造りから醤油造りへ変換したのが始まりです。

——そういった文化、歴史を後世に残していく役目というのもあるのですね。
その頃から変わらない建物、工場が存在しているという事に感銘を受けました。

浅利)
建物の管理は大変ですけどね 笑
やはり冬は寒いですし、夏というのがなく1年中涼しいです。

受け継がれていない点もあるのですが、建物自体は増改築を繰り返して今に至っているようです。建築も本州の様式を使って立てているので、雨戸があったりなど、北海道にはない造形をしているのが特徴ですね。

もちろん醤油の質はしっかりしていますよ。キッコーマンのもろみを持ってきて仕込みを始めているので、元はキッコーマンと同じものですから。水は大雪山系の伏流水です。

——先ほど良い条件ではないと伺いましたが、農林大臣賞をはじめとして、様々な賞を受賞している秘訣はどこにあるのでしょうか?

浅利)
審査員の方々の考える事も時代と共に変わっていっているので、改めて考えると難しいですね。

初期の審査は香り、色、味が整っていることが重要視されていたのだと思います。本醸造は特にバランスが重要で、そこが認められての受賞だったのだと思います。
醸造は「麹」「発酵」「火入れ」という順番で重要な工程がありまして、この「火入れ」が香り付けに作用します。当社はおとなしい香り付け。キッコーマンはツーンとくる強い香り付けをしていて、両社に大きな違いがあるんです。

スードレなどをはじめ、今後も皆様のご家庭で醤油を楽しんでいただけるように、伝統ある醤油屋としてのこだわりを加えた愛される商品開発を目指していきます。

直売店
材木や什器なども浅利社長の手作り。たくさんのお醤油が並んでいて、違いが楽しめる

日本醤油工業しょうゆコーナー

創業期に使用していたトロッコの跡

日本醤油工業トロッコの跡

創業時に加工に用いていた樽
高さ2.4m、直径3mもあり、現代でこの樽を作れる職人はなかなかいないそう。

日本醤油工業加工用樽

醸造施設
機械で圧力をかけ醤油を絞り出す機械

日本醤油工業醤油を絞り出す機械

醸造施設
当時の作業風景

日本醤油工業醸造施設

日本醤油工業さまの商品をご紹介