今や国産のものは1%しか市場に出まわっていないと言われている、はちみつ。
栄養満点で健康にも美容にも良いと言われている万能食品ですが、瓶で売られているものが多く、「最後まで使い切れない……」と困った経験はありませんか?
▲ミツバチが熟成させた北海道産100%のはちみつ クローバー 販売価格 (税込) 540円
現在、北海道くらし百貨店で販売中のこちらの北海道産のはちみつは、個包装のスティックタイプ!
瓶のはちみつを小分けの容器に移したりする必要がなく、多くのお客様から喜ばれている商品のひとつです。
実は、このはちみつをスティックに詰める技術と機械を持っているのは、「ほっとスペースこすもす」さんだけなのです!今回は、企業秘密な作業現場に特別にお邪魔させて頂きました。
北海道旭川市にある「ほっとスペースこすもす」は、精神障がい者の方を対象に活動の場を提供している福祉施設です。年代は、現在は20代から60代とさまざま。現在、約40名の方が在籍しているそうです。
スティックにはちみつを詰める作業も、この施設の利用者様によって行われています。
お客様の一言から誕生したスティックタイプのはちみつ
今回お話をお伺いしたのは、事業部長の本村恵一さん。
本村さんが「ほっとスペースこすもす」で働きはじめたのは、ちょうど10年前。地元の旭川の工業高校の土木科を卒業し、JR北海道に就職。その後、自分なりの夢を描きたいと思いはじめて、24歳のときに退職。タイに3か月ほど滞在し、帰国後、高齢者や障がい者の方が関わっている旭川のボランティア団体で活動し始めたのが25歳のころだったそうです。
――本村さんがはちみつと出会ったきっかけはなんだったのでしょうか?
当時は「スローフード」という言葉が流行りはじめたころで、高齢者や障がい者の方々と一緒に、北海道の野菜などの食材を扱った事業ができればと思い、実際に立ち上げました。
すると、東京の企業から北海道のはちみつは扱っていないかという問い合わせがあったのです。
そこで道内を探してみたところ、遠軽の花田さんという非常にこだわりを持った養蜂家と出会いました。そこから、最初は個人事業としてひとりではちみつを販売しはじめました。
――最初は、ビン容器のはちみつの販売をしていたのですね。そこから、どのようにスティックタイプのはちみつが誕生したのでしょうか?
はちみつを販売しはじめ、あるイベントに出店した際に、お客様から「使い切りができるはちみつがあったら良いのに……」という言葉を頂きました。
それから、スティックの容器にはちみつを詰めてはどうかと思い、自宅を食品工場として改装しました。最初は、スポイトではちみつをスティックに入れていたので、握力を使い過ぎて手が筋肉痛のようになりました。
――最初は、スポイトで詰めていたのですか!? それはすごい作業ですね。。
日中は、はちみつを販売する仕事をして、夜はスティック詰めをひとりでやる毎日でした。
スティックタイプのはちみつはかなり好評で、自分ひとりでは作業が追いつかなくなってしまい、いつのまにか寝る時間もなくなってしまいました(笑)
そこで、当時交流のあった障がい者の団体や福祉施設が内職の作業をしているのを知っていたので、相談をしてみました。
当時はこういった福祉施設では食品は扱っていなかったのですが、機械とノウハウを提供して、はちみつのスティック詰めの作業を発注できないかという話を持ち込んだのが、こちらの「ほっとスペースこすもす」と関わるきっかけになりました。
世界でもこの施設だけ!企業秘密の作業現場に迫る!
――お客様の声から生まれたスティックタイプのはちみつですが、実際に事業にしてみるとやはり需要はありましたか?
はちみつをスティックに入れて販売したいという企業はとても多く、スティック容器への詰め込みを事業として請けています。
例えば、東京の企業からマヌカはちみつの原料が送られてきて、それをここでスティックに充填して送り返し、先方様でパッケージングして販売するという流れです。
はちみつをスティックに入れる機械と技術があるのは国内ではここだけで、手でちぎれる切り込みを入れているのは世界でもこの施設だけです。
――実際の作業は企業秘密ということですが、どのような機械を使われているのでしょうか?
簡単に言うと、タンクに入ったはちみつをスティック容器に詰める機械と、それを圧着する機械です。そのほかに、容器からはちみつが漏れ出さないかを確認する圧力検査機もあります。これらの作業は、数年前まてでは手作業で行っていました。
▲窓ガラスの向こう側が、実際にはちみつをスティックに詰めている作業現場。その技術は企業秘密。
――そもそも、なぜはちみつをスティックに詰める技術は難しいとされているのでしょうか?
充填機のメーカーさんによると、細長いスティックの容器にはちみつのようなとろみのあるものを入れることが難しいようです。また、設備投資の問題もあります。
当施設は、障がい者支援施設ということてで、それらの設備を導入するのに、国からの支援も受けて導入することが出来ています。これを一般企業で導入するとなると、スティックはちみつの販売価格が高くなり、流通もしづらくなり、結果、作り続けることかが困難になると思います。
――企業からの依頼は、何年くらい前からはじまったのでしょうか?
3年くらい前から少しずつ話が来て、最近は10か所くらいから依頼があります。なかでも多いのは、希少なはちみつをスティックに詰めてほしいというものです。
採れる量が少ないため、瓶詰めにすると100本か200本しか作れないのですが、スティックにすることでそれが1,000本にできます。
そうすると、より多くの方に希少なはちみつを提供できるのです。直接、生産者から依頼があることもありますし、世界中からはちみつを集めた専門店から、スティック製造のご依頼を頂くこともあります。
――はちみつをスティックに充填する技術の開発には時間がかかったのではないでしょうか?
今でも日々開発をしていて、これまでに10回以上は改良を重ねてきました。半年後には変わっている可能性もあります。最初の私ひとりでスポイトに詰めていた作業から、10年ほどかけて今のやり方にたどり着きました。
知れば知るほど面白い蜂の生体!蜜のありかを仲間に教える方法とは?
――自然界にたくさんの蜜があるなかで、蜂たちはどのように蜜を選んで採取しているのでしょうか?
実は、何のはちみつを作るかは蜂たちが巣箱の中で投票をして決めているのです。
――投票をするのですね!それはどのような方法なのでしょうか?
まず、偵察をするミツバチが巣箱の半径3kmくらいを飛んで、木や花から蜜を集めてきます。実際には花が咲く時期は別ですが、たとえば北からアカシアの蜜、南からクローバーの蜜、東から菩提樹の蜜を偵察蜂が集めてきて、その3つのうちどれがいいか、巣箱の中で選びます。
投票で選ばれたら、自分の運んだ蜜が選ばれた偵察蜂が喜んで8の字ダンスをするのです。
――「これに決まった!」という喜びのダンスですか?
そうです。その8の字ダンスの飛び方にも角度があって、その角度によって、「その蜜が太陽の向きに対して何度の位置にあるか」というのを知らせるのです。
また、偵察蜂が八の字を描きながらしっぽを振るタイミングがあるのですが、しっぽを振る時間が1秒だったら、巣箱から1kmの位置に花があるという意味になるのです。
――距離まで知らせることができるとはすごいですね!
そうなのです。2秒しっぽを振ったら2km、3秒振ったら3kmです。例えば、太陽に向かって北東の角度で2秒しっぽを振ったら、2km先の北東の方角に美味しい蜜があるという意味になるのです。そして、偵察蜂が他の働き蜂に命令をして、皆で蜜を採りに行くのです。
--どの蜜が良いかというのは、美味しさで選ぶのでしょうか?
おそらく、美味しさで選ぶのではないでしょうか。北海道の養蜂家の他に、本州に事業所があって、はちみつのシーズンに北海道に北上する養蜂業者が30社ほどあります。
それぞれが十分なはちみつを採ることができるように、養蜂家同士で巣箱を置く場所を3km以上離そうという取り決めがあります。法的なものではありませんが、そういう取り決めがあるため、ミツバチはその半径3km以内の花の蜜を集めることになります。
はちみつそれぞれの味わいや香りの違い
--北海道産のはちみつはどのような特長がありますか?
蜂たちの投票次第ではありますが、北海道ではアカシア、クローバー、菩提樹が主流です。富良野のラベンダーはちみつもありますが、純正のはちみつとしては、北海道らしくて一番希少なのが、菩提樹ですね。
--アカシア、クローバー、菩提樹の中でいうと、味わいや濃さ、香りの強さなどどのような特徴がありますか?
アカシアは、色が薄くてほぼ透明です。食べるとまろやかでクセがなく食べやすいのが特徴です。試食販売をするときにはいつもこの3種類を食べ比べてもらうのですが、お客様の中には「はちみつは苦手だから」とお断りされる方もいらっしゃいます。
そういうときは「アカシアだけでも食べてみてください」とおすすめするんですが、もともとはちみつはクセのあるものというイメージを持たれていた方でも「こんなに食べやすい味のはちみつもあるのか」と再発見される方もいらっしゃいます。
クローバーは比較的味が濃くて、コーヒー好きの方にも好まれますし、パンに塗って食べたりもします。一番バランスがいいですね。
――味わいは菩提樹よりもクローバーのほうが濃いのでしょうか?
濃さでいうとクローバーのほうが濃いのですが、菩提樹は花の香りがはちみつに強く残っています。そのため、クローバーのほうが味は濃いのですが、一番はちみつらしい花の強みが感じられるのは菩提樹ですね。
最近は、北海道で採れるソバのはちみつが注目されています。アメリカのある学会の発表によると、ソバのはちみつは鉄分など、マヌカにも引けを取らないくらいいい成分が入っているそうです。
▲こちらがソバはちみつ。味見をさせて頂きましたが、サラサラしていて、黒糖のような味がしました。
--ソバは北海道でも、新得や幌加内でよく作られていますよね。
今はソバのはちみつはアカシアよりも市場価格は低いのですが、医学的な治験を進めて情報を揃えられたら、価値のあるものになっていくかもしれません。
蜂は越冬できない?夏は北上、冬は南下する「移動養蜂」
――北海道は養蜂に適した土地なのでしょうか?
多くの養蜂家さんたちがわざわざ北海道に来るということは、北海道が採蜜をする環境として適している土地だということだと思います。
養蜂家の皆さんは7月か、早ければ6月くらいに北海道に移動するのですが、この頃の本州はすでに気温が高くなっていてミツバチにはあまりいい環境とは言えません。北海道の気温が適温なのです。
なので、皆さん夏に北海道に来て、11月くらいになると、鹿児島県や愛知県などそれぞれの地元に帰って行くのです。
--養蜂家の方は、地元と北海道を行き来しているのですね。
そうです。夏に北上して冬になったら地元に戻るというこのスタイルを「移動養蜂」といいます。
--巣箱はどのように移動させるのでしょうか?
巣箱の移動はトラックで行います。1台のトラックに300箱くらい巣箱を積みます。ハチも巣箱に入ったまま移動させます。トラックやフェリーを使い、山奥の養蜂場に直接トラックで運びます。
気温が暖かいときに移動させるとミツバチが飛んで行ってしまうので、10月や11月の寒い時期にタイミングを見てトラックに積み込みます。さらに巣箱に蓋をして、ミツバチが外に出られないようにします。
はちみつも養殖できる時代になるかもしれない?
--本村さんの今度の展望をお聞かせください。
はちみつは、夏にミツバチが花から蜜を採って巣箱に持ち帰って作るものです。冬場は越冬させるために、花の蜜の代わりのエサとして砂糖水を与えています。
近年は、夏に砂糖水をエサとして与えて、そのエサの中にたとえばラベンダーやミカン、あるいはハーブなどのエッセンスを入れて、そのエサからはちみつを作るという、養殖のようなことができないかと考えています。
--それが実現すると、はちみつの種類が増えそうですね。
たとえば、ミツバチが好むかはわかりませんが、チョコレートを混ぜたエサから作ったはちみつも作れたら、今まで世の中になかったはちみつを作れるのではないかと考えています。
--いろいろなフレーバーができたら、とても面白いですね!
今「はちみつ」ではなく「ナナミツ」という名前で、実際に砂糖水を使ったはちみつを作り始めています。
「はちみつ」の「はち」を数字の8に見立てて、花の蜜が100%だったら「はちみつ」になるけれど、花ではなくて人工的に砂糖水のエサを与えて作ったものは、8には到達しないから7ということで「ナナミツ」と呼んでいます。
ただ、エサを与えてできたはちみつなので、養蜂家の方からすればそれは世に出すものではなくて、冬にはちみつのエサにするか廃棄するということになると思うのですが、私は実際に食べておいしかったのでお客様に販売しました。
お客様には、純粋なものではなく、エサの砂糖水から作られたという経緯を説明しています。店頭にはなく、イベントなどで販売していますが、「ナナミツ」の需要は結構あります。
北海道には花がたくさんあるので、わざわざそんなことをする必要はないと思われるかもしれませんが、実験してそれが成功したら、花の少ない地域でも養蜂ができるようになって新たに産業を興すこともできるかもしれません。
その可能性を探ろうと思っています。おそらく他ではやっていない、当施設オリジナルの試みです。