セレクター紹介

北極冒険家

荻田 泰永 YASUNAGA OGITA

北海道鷹栖町在住。
カナダ北極圏やグリーンランド、北極海を中心に主に単独徒歩による冒険行を実施。2000年より2017年までの18年間に15回の北極行を経験し、北極圏各地を9000km以上移動してきた。
世界有数の北極冒険キャリアを持ち、国内外のメディアからも注目される日本唯一の「北極冒険家」
日本国内では夏休みに小学生たちと160kmを踏破する「100milesAdventure」を2012年より主宰。北極で学んだ経験を旅を通して子供達に伝えている。

北極冒険家という生き方

荻田 泰永様 北極の様子

初めて北極に行ったのは2000年のこと。
それから2017年までに15回の渡航を重ね、北極圏各地を9000km以上歩きました。
子どものころから北極に憧れていて、夢を実現したのだろうと思われるかもしれませんね。でも、現実はちょっと違います。

1999年7月、たまたま見ていたテレビ番組に冒険家の大場満郎さんが出ていました。
大場さんは、世界で初めて北極・南極両方の単独歩行横断を果たした人。その冒険の話に引き込まれ、生き方に共感したのです。
これが、自分の転機になりました。当時22歳の私は、エネルギーを持て余している状態。何かしたいという気持ちは強くあるものの、その「何か」がわからず、もやもやとしていました。
だから、大場さんの生き方は眩しかった。その大場さんが「北磁極をめざす第一回冒険ウォーク」に参加する若者を集めていると知って、ぜひ行きたいと手紙を書いたのです。
もともとアマノジャクなところがあり、人がやらないことにやりがいと面白みを感じるタイプなので、北磁極(磁力が下向きに働く地点、北極点とは異なる)に興味がわきました。

翌2000年、大場さんに率いられて北極へ。
カナダのレゾリュートという小さなまちから北磁極を目指して、35日間で700kmを踏破しました。
登山やアウトドアの経験がほとんどない私がよく歩けたと思います。

この冒険の旅で、北極にのめり込んだかというと、実はそうでもないのです。北極は、何もないところ。本当に何もない。どれだけ進んでもほとんど変化しない光景を眺めながら、ひたすら歩きます。
自然の脅威に怯えながら送る日々は刺激的ではあって、生きている実感がわきました。日本では感じられなかったものですね。
でも、帰国してみたら、やっぱり「からっぽ」なのです。エネルギーを注ぐべき「何か」は見つからなかった。北極に行く前とそれほど変わらない日常に戻っただけでした。
それから1年ほど経って、今度は一人で北極に行こうと思い立ちました。
2001年にレゾリュートでトレーニングを重ね、2002年、500kmの単独歩行に成功しました。何度か行くうちに、北極の姿が見え始めたのです。何もないと思っていたけれど、野生の動物がいて、厳しい自然とともに生きてきた人たちがいて、集まってくる冒険家たちがいる。
北極には北極の生活と文化と歴史があることがわかり、少しずつ面白いと思うようになりました。


荻田 泰永様 インタビュー

危険は回避する、困難は立ち向かう

冒険は「危険を冒す」と書きますが、冒険家は好んで危険を冒しているわけではありません。
そもそも安全な冒険はない。だけど、リスクを楽しんでいるわけでもない。リスクを知ったうえで、自分の能力の限界をさらに押し広げているといった感じでしょうか。

危険は不可抗力です。北極の危険は、天候や地形、動物などわかりやすい。
でも、安全だと思っている都会にも危険はあります。交通事故や通り魔事件など、まさかという危険が潜んでいるものです。
しかも、種類は北極よりも多種多様だと思いますよ。北極でも都会でも、危険が発生するときに自分の意思は関係ない。
できる限り予測して、回避するしかありません。
経験を積むと、危険が顕在化しない芽のうちに摘み取ることができるようになります。
たとえば、ブリザード(暴風雪)のときのキャンプ。知識と経験が蓄積されると、安全にテントを張れる場所などがわかるようになる。
能力を高めることで、命を脅かすこともある危険は、不可抗力の危険ではなくなり、自分の能力の問題である困難に変わるのです。困難とは、成し遂げることが難しいことであって、危険と同じではありませんから。

その意味で、冒険家は、危険は冒しません。自分の能力の限界、つまり困難に立ち向かっているのです。


北極で食べたいもの

私が北極を旅するときは、「無補給単独徒歩」というスタイルを貫いています。これは、途中で食糧などの補給を受けずに、ひたすら一人で歩くということ。
何十日という全日程分の食糧をソリに積んで出発するのです。荷物は少ないほどいい。でも、食べないわけにはいきません。
北極は、ものすごくカロリーを消費します。50日間で10〜15kgは痩せてしまう。
食事から取るカロリーともともとついている脂肪を燃焼することで、生命を維持しているのですね。

北極を歩いているときは、毎日かわりばえのしない食事をしていますし、わりと無心です。
北極という現場に行くと、モードが自然と切り替わり、スイッチがオンになります。
そうすると、非日常の世界が日常になるので、日本にいるときの意識とは全く異なります。
それもあるのか、あれが食べたい、これが食べたいとはあまり考えていないですね。
ただ、体はカロリーの高いものを欲します。帰国するとすぐ、タンパク質たっぷりの肉を食べますね。

荻田 泰永様インタビュー

北海道のつくり手に共鳴したこと

出身は神奈川県で、北海道は2008年に移住してくるまで縁もゆかりもないところでした。
北極に行くトレーニングとして寒いところで暮らそうと考えたわけではなく、友人がいたこともあり、タイミングが合ったので来てみた感じです。

今回紹介した商品のつくり手は、こちらに来て知り合った人たちです。
ご近所でもある、「江丹別の青いチーズ」をつくっている伊勢さん。
父親が入植して牧場をやっていますが、牛乳に付加価値をつけるために、彼はチーズづくりを始めました。
ところで、伊勢さんの牛は、何とツノがはえています。見たことないでしょう、ツノのはえた牛なんて。ふつうは切り落とすそうです。
牛20頭ほどがのびのびと暮らす伊勢さんの牧場では、牛同士が接触して傷つけ合う心配がないから、自然のままにできる。
ツノを切らないので、乳質が落ちないそうです。その良質の牛乳でつくるブルーチーズは、本当においしい。
伊勢さんは「ブルーチーズ独特の刺激臭は断末魔」とよく言いますが、新鮮なブルーチーズは、あの独特の刺激がないのです。

伊勢さんは、すでに自分のチーズを確立しているのに、1年間フランスに渡ってブルーチーズの勉強をしたほどの情熱家。
そもそも、いろいろなチーズが生産されている北海道でも珍しいブルーチーズをつくっているのは、世界各国のチーズを調べて、江丹別という土地に最もふさわしいと考えたからだといいます。
真剣にチーズと向き合う生き方に共感しました。

いまでこそ離島のワイナリーとして有名になった奥尻ワイナリー。
奥尻ワイン醸造責任者の皆川さんも、ものすごく熱心にワインと向き合っています。
波しぶきを浴びたブドウでつくる赤ワインは、塩味があって個性的な味わいです。
その完成品とは別に、実験的に約20品種のブドウを植えて、常に試行錯誤しています。まだ非売品だけれど、おいしいワインが生まれています。これからがますます楽しみですね。

伊勢さんと皆川さんのように、限界にチャレンジして、その限界を押し広げている人たちは、相通じるところがあってとても共感できます。
それぞれの「何か」にエネルギーを一心に注ぐ生き方に敬意を覚えます。そういう人たちから、良いものが生み出されるのだと思います。