セレクター紹介 - 矢ノ目 俊之

セレクター紹介

東川町役場 写真の町課 課長

矢ノ目 俊之 TOSHIYUKI YANOME

愛別町出身。専門学校を卒業後、東川町職員となり東川米のPRや独自の婚姻届・出生届、ひがしかわ株主制度など様々な取組みを手掛ける。「誰のためにやるのか」と「それで笑顔になれるか」という点を常に意識し、抜群の行動力で東川町の活性化を促進。
現在は写真の町課にて、写真をコミュニケーションツールとして身近で活用する方法、企画など、新しい可能性を追求し続けている。

東川町民に東川米を食べてほしい

今回セレクトした東川米は、いろ・つや・食感の三拍子そろったおいしいお米です。
このお米をより多くの人に味わってほしいと企画したのが、「米缶」です。
これは、缶コーヒーなどに使われている小さいサイズの缶に東川産ほしのゆめ(150g)を真空パックしたもの。
トマトジュースをつくっている農家の方に頼み込んで、商品化しました。2003年のことです。
発売から8カ月で約8万缶を売り上げ、人気商品になりました。東川米のPRとしては大成功だと思います。

でも、実は当時、東川町民が東川米をいつでも食べられる環境にはありませんでした。
というのは、地元スーパーなどではあまり取り扱われていなくて、町内に流通していなかったからです。
そこで始めたのが、新米キャンペーン。これは東川米の先行予約販売で、町民のみなさんにおいしい東川米をいち早く食べてもらうための企画でした。
いまも続いていて、町外の方も申し込みはできますが、お米の引き渡しは東川町の3施設としています。

東川米の企画は、私が特別対策室に異動になって最初に手掛けた仕事です。
ここから町のブランディングがスタートでした。特別対策室は、2003年の町長選挙のあとにできた新しい部署で、経済活性化担当のメンバーは尊敬していた上司と私の二人だけ。
当時の状況をちょっとお話しますと、平成の大合併の真っただ中で、町長選挙の争点も「合併か自立か」。
そのころの東川町は、7000人以下まで落ち込んでいた人口が少しずつとはいえ回復しているときで、町民の意識は「なぜ合併が必要なのか?」という感じでした。
自立を主張していた現在の町長が当選して、自立路線を歩むのに必要なことを手掛けるためにつくられたのが特別対策室だったのです。
決まった仕事はなく、町と町民のためになることは何でもやるという感じ。
これはおもしろいことができそうだと思って、異動の希望を出しました。
仕事を見つけるところから始めるので、実際、やりがいがあっておもしろかったですね。


矢ノ目俊之様 インタビュー

東川町は第二のふるさとになりたい

写真の町として知られる東川町は、実はバレーボールの町でもあります。
バレーボールが盛んで、全日本代表選手を招いたイベントなどを開催するほどです。
企画運営は、町役場の職員たち。私のはじめての仕事も、イベントのための会場設営でした。
町民に楽しんでもらうために職員が喜んで働くという下地がもともとある町なのです。
でも、良いイベントをもっと魅力的に伝える方法があるはず、プロモーションがもっと上手だったら…と考え、上手な伝え方を学ぼうと、東京のマーケティング会社に出向させてもらいました。
知識としてだけではなく、実地でマーケティングを学べたのはとても良かったです。

そのとき、デザインの大切さも学びました。
たまたま見たテレビ番組のテーマが、いまあるデザインをリデザインする(完成したデザインをさらに最適化すること)。
そのなかに婚姻届があって、「これだ! これを実現するのは東川町しかない!」と思ったのです。
それで、そのデザインを手掛けたデザインオフィス「CAP」の代表である藤本やすしさんにすぐさま連絡を取りました。面識もないのに。
でも、藤本さんは快くご協力くださって、わが町の名物ともいえる「新・婚姻届」が完成しました。

ふつうの婚姻届は、提出するだけですが、新・婚姻届は、写しを手元に残すことができます。
しかも、提出のときに記念写真を2枚撮影して、1枚はご夫婦に贈っています。
夫婦になった瞬間を残しておくことができるのです。もう1枚は、メッセージとともに東川町文化ギャラリーに保管します。
いつでもご覧になれるので、結婚記念日など夫婦の節目のときに、東川町を訪れていただけるとうれしいですね。
この企画のポイントは、「東川町を夫婦の第二のふるさとに」というところ。
そのため、婚姻届の受け取りも提出も「役場まで直接取りに来ることができる方」に限定しています。
それでも、新・婚姻届の利用者数は、町外のカップルが8割にのぼります。今年は道外のカップルが3組もいました(2017年10月現在)。

矢ノ目俊之様 パンフレットなど

「波長の法則」と直感をだいじにする

ほかの東川らしい取り組みに、「ひがしかわ株主制度」があります。
いわゆる「ふるさと納税」のオリジナル版。町を応援してくれる人を「株主」として、まちづくりに参加していただくのです。
返礼品には、町自慢の東川米のほか、いまのところ株主になるしか入手方法のない「ひがしかわワイン」などを用意しています。

企画の対象が町民であっても町外の人であっても、軸にあるのは「笑顔」です。
「誰のためにやるのか」と「それで笑顔になれるか」を常に意識しています。東川に関わる人みんなに笑顔でいてほしいですから。

「あなたのひらめきはどこから来るのか」と、聞かれることがあります。
言えるのは、直感を大事にしていること。このアイデアはいいかも…と感じたら、とにかく実現に向けて動きます。
前例や予算、制度などを理由に諦めることはせずに、「どうしたら実現できるか」ということだけを考えます。
それから、「波長の法則」も大事にしています。
うまく波長の合う人が集まるとだいたいのことは、トントン拍子に実現していきます。
でも、ものごとがうまく運ばないときは、この波長が乱れている。たとえば、どんなアイデアに対しても否定的な人ばかりが集まって、ものごとが滞って、なんだか運気が下がっていると感じることがありますよね。
そのときは、自分の波長が、悪いことを引き寄せる波長になっていると考えて、考え方やふるまいを変えますね。そうするとまた、うまくいくようになったりするものです。

いくつもの新規事業の立ち上げに関わって、強く思うことがあります。
それは、体力や精神力はもちろんのこと、一緒に取り組める仲間が大事です。
自分ひとりではできなくても、思いやゴールを共有しながら、成功をイメージして一緒に頑張れる仲間たちがいると、どんな企画も実現できるものです。


矢ノ目俊之様 インタビュー

写真の町のこれからを考え続ける

豊かな文化田園都市づくりを目的として、東川町が「写真の町」を宣言したのは、1985年のこと。
この宣言の理念は、写真によって出会いに満ちた町にしようというものです。
そこで始まったのが「東川町国際写真フェスティバル」。そして1994年に、全国の高校生を対象にした「写真甲子園」がスタートしました。
いまや東川町は、すっかり「写真の町」として定着しました。

一方、宣言から30年以上が経ち、写真を取り巻く環境がずいぶんと変わりました。
撮る機会も見る機会も圧倒的に増えています。そして、SNSなどでシェアできるようになりました。
私が「写真の町課」に異動になって、まだ一年目。
いまは情報収集の時期だと考えています。日々、コミュニケーションツールとしての写真の可能性を探っているところです。
いま以上に写真を身近にして、それを通じて楽しめることをどんどん企画したいと思っています。

写真の町に暮らす人たちは、被写体になることも多く、町外からやってくる人たちとの交流を拒みません。
人を受け入れる度量がある。そして、とても協力的です。
相談してみると、惜しみなく力を貸してくれます。
そのおかげで実現した企画がいくつあることか。つくづく、ご縁は宝ものだと思います。
魅力的な東川町民たちがつくる、わが町自慢のおいしいものを今回はセレクトしました。多くの方々にぜひ味わっていただきたいですね。